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小説『二千年代の乗り越え方』略称"2000s"
NPО法人 わたしたちの生存ネット 編著
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資源を巡る局地的侵略戦争
私とXは、潜伏所に戻って、専門ごとの会議に参加した。同僚Xは昨日と同様に情報技術者集団に入った。私とVと他の数人は遅い昼食と夕食の準備をした。しばらくして、情報技術者集団から歓声が上がった。Xがヒロイン扱いされている。また、人工衛星を一機乗っ取ったと言う。これで、人工衛星が二、三機奪還または破壊されても、世界中に情報提供できる。ここでの会議の経過と結果も情報提供される。考えてみれば、人工衛星は地球のみんなのために存在し機能するべきものなのだから、これが本来の使い方だろう、ということになった。情報技術者たちは、軍事衛星や無人潜水艦も乗っ取れると言い出した。だが、それは戦争の引き金になるかもしれないからやめとこう、ということになった。情報技術者たちは、既に乗っ取った通信衛星にしても、故障に見えるように細工していた。つまり、情報技術者たちは、乗っ取りの跡形も残さなかった。このような情報技術者たちが権力者に拉致されたら…と思うとゾッとした。
数日後、小国Fに戻って消息不明だったWが、B国の潜伏所にやって来た。生きていた。私もVも体を触って生きていることを確かめて喜んだ。Wは「F国で革命に成功した。暫定政権も樹立した。憲法の草案を一緒に検討して欲しい」と言う。Vと私とXは思った。「準備段階がなってない。暫定憲法をこれから練るようでは駄目だ」だがWには言わなかった。F国はA国への海路の途中にあった。そんなこともあって、私とXが、A国へ帰る途中に立ち寄ることになった。
F国に近づくと、その暫定政権から「隣接する大国がF国に介入しようとして、戦争になった。暫定政権だけでは国防は困難。旧政権と共同して国防と住民の避難に当たっている」とWに連絡があった。F国の暫定政権は政治犯収容所跡に立てたらしい。それは首都から数十キロメートル離れているらしい。Xが「それも間違いよ。暫定政権は首都の真っただ中に立てなければ駄目じゃない」と言っていた。もっと考察するべきことがある。
F国に隣接する大国にとっては、革命または内戦で荒れるF国は絶好の餌食だ。また、F国は生物資源の豊かな国だ。「生物資源」または「食糧資源」という言葉は、単に収穫され保存されているだけの穀物等を指すのではなく、食糧を持続的に生産できる農地、牧草地、漁場…等も指す。というより、後者のほうが重要である。そのような生物資源を狙って、大国はF国を占領し、併合しようとするだろう。さらに…もしかして…大国はF国の革命または内戦を煽っていたのかもしれない。するとWたちは大国に利用されたということになる。Wたちは速やかに国外へ逃亡したほうがいいのではないか。だが、それらをWに言えなかった。ちなみにその大国も、F国に隣接する他の大国も、全体破壊手段を保持していなかった。救いはそれだけだった。また、それらの国々は生物資源が豊かだった。その中でもF国は特に豊かだった。この時代、世界的に食糧資源は非常に貴重で、争奪戦は熾烈だった。だから、F国が狙われた。
その暫定政権近くの浜辺に近づくと、内陸部の数か所から黒煙が上がっていた。黒煙は青い空と海と白い雲に似合わない。浜辺に近づくと、羊の群れのような大群が移動しているのが見えた。それが避難している首都の市民だった。今は小国と言っても、人口は一千万人以上ある。漁船の装いをした密航船は難なく浜辺に近づき、私たちは救命ボートで上陸した。避難民に紛れる形になった。同僚Zから装着訓練を受け密航船に持ち込んだ防弾チョッキとヘルメットを付けるのを忘れていた。だから、私たちは避難民と同様の恰好をしていた。だが、避難民とは逆方向に歩く。避難民のうち、大人は羊どころか、無表情で、とぼとぼ歩く。子供は泣くか睨むかで、狼のようだった。浜辺には敵軍はおらず、Wの部下が迎えに来た。部下は「敵軍は首都を制圧した。首都の住民だけでなく、暫定政権と旧政権の兵士も退却している」と言う。部下と私たち三人は暫定政権のある政治犯収容所跡に向かった。
海辺を離れて、少し内陸部に入っただけでも、麦、稲…などの農地が広がっていた。こんなに広く豊饒な大地を見るのは、私は生まれて初めてだった。見渡せるだけでも、あのA1大学の研究用農地の千倍はあると思う。青空の下で黄金色の穂が風にそよぐ。Xも「これは貴重だわ…今まで侵略されなかったのが不思議なぐらいね」と言っていた。避難する人々は実質的な農地には入らず、列を作ってでも農道を通っていた。どうせ侵略者に盗られるものなのに…それが哀れだった。生物資源が貴重過ぎて「焦土戦術(Scorched earth strategy)」を使うのもはばかられたのだろう。私たちも農道を逆方向に縫った。
二十世紀に入ってしばらくして、資源、特に生物資源、特に持続的に生産のできる農地、牧草地、漁場…などが枯渇するにともない、局地的侵略戦争の戦略は以下のように変化した。侵略する側は、通常兵器と従来の作戦を使って侵攻しつつ、住民の避難ルートを妨害しない、または避難ルートをそれとなく作る。明らかに退避ルートを作ったのでは住民の反感をかってしまう。だから、それとなく作る。侵略される側は住民の避難を促さざるをえない。かくして、侵略する側は、不要な住民を追い出せる。そして、侵略される側の単なる領土ではなく、資源を獲得できる。単に収穫され保存されている穀物等だけでなく、持続的に生産のできる農地、牧草地、漁場…などを獲得できる。その後で、侵略する側は、侵略される側の政府と軍の主要施設を、全体破壊手段を搭載しないミサイルで破壊する。住民の避難ルートをそれとなく作る点と、資源を食いつぶす住民を退避させて資源だけを獲得する点で、狡猾で合理的で悪質な戦略と言える。さらに、ここで全体破壊手段を使用すると、資源、特に農地、牧草地、漁場…などが汚染されてしまう。だから全体破壊手段を使用しない。この点だけで全体破壊手段が否定される。なんとも言いようのない戦略である。だが、枯渇する資源の中では、これが本来の局地的侵略戦争だ。これを「資源を巡る局地的侵略戦争」と呼べる。
ボタンを押すだけの戦争、市街戦
暫定政権のある政治犯収容所跡は高く長い壁に囲まれていた。それは健在だった。内部の建物は革命時にほぼ完全に破壊されており、広い土の敷地が広がっていた。その敷地に立てられた巨大なテントに暫定政権があるようだった。負傷者とも死亡者ともつかない数百人がテントの隅に横たえられていた。もはやこの段階では旧政権側の兵士と暫定政権側の兵士の区別はないようだった。暫定政権のスタッフはたくさん残っていたが、そのほとんどが負傷者の手当に奔走している。左腕を上腕から失った戦闘服を着た男が喘いでいる。Wはそれに寄り添って、何かを尋ねている。男は必死に答えようとする。戦闘服を着た女性が運ばれて来た。銃弾を受けた大腿部からまだ血がにじみ出ている。まだ、生きていた。Xと私は止血を手伝った。大腿部の止血は…Xは大腿の付け根を抑え込んでいた。医師や看護師が死亡確認し、遺体が次々と敷地の隅に運ばれていく。敷地の土にも血が滲んでいるのが分かる。なんとも言えない色と臭いだった。高い壁の向こうから銃声と戦車の轟音が響く。それがだんだん近づいているのが私にも分かる。残る兵士数十人が壁に昇って機関銃を連射している。ロケット砲等は尽きたらしい。
しばらくして、銃声と戦車の轟音がむしろ遠ざかっていくのに、私は気付いた。私とXは小声で話をした。私とXはWに「退避しろ」と迫った。Wは「俺は最後まで戦う」と言う。XはWを張り倒して「ミサイル攻撃がある」と怒鳴る。Wらは退避を決定した。死亡が確認された者を除いて、退避を開始した。暫定政権のスタッフが負傷者を載せた担架を持って走る。軽症者はなんとか歩いて退避する。「走れ」とWが手をグルグル回す。私とXは負傷した者の退避を手伝った。「走れ」
生きている者全員が暫定政権敷地から退避した。私とXとWは暫定政権跡地から数百メートルのところに達していた。その時、ミサイルが大気を切る音が聞こえ、暫定政権敷地から爆音が響き、黒煙が上がった。その黒煙も青い空と白い雲に似合わない。Xと私とWは密航船に向かった。途中で首都から退避する人々と合流した。農道に生える棘のあるある雑草が皮膚を掻きむしるが、それどころではない。人々はその雑草に慣れているようだった。浜で漁船を装う密航船が待っていた。潮の加減で来た時のように浜辺まで近づけないようだ。救命用のボートが迎えに来た。私とXとWは乗った。四人は漕いだ。ボートを漕ぐのはXも私も初めてだった。F国の浜が遠ざかる。羊の群れに見えた人々はますます大きくなり移動していた。黒煙はほとんどなくなり、青空と白い雲と海が広がっていた。
既に二千年前後から戦争は「ボタンを押すだけの戦争」だとよく言われていた。後はミサイル等の運搬手段に全体破壊手段が搭載されているかいないか、搭載されているとして爆発させるのかしないのか、爆発させるとして誰がいつそれを命令するのかだけの違いになっていた。この戦争でも最後の段階では、全体破壊手段を搭載しないミサイルによるボタンを押すだけの戦争になった。その全体破壊手段を搭載しなかった理由は、獲得しようとしている資源が汚染されてしまうからである。
「資源を巡る局地的侵略戦争」の大部分で、通常兵器と従来の作戦が使われる。また、内戦や革命でも通常兵器と従来の作戦が使われる。それらでは特に市街戦になる。内戦や革命で全体破壊手段を使用する馬鹿はいないだろう。全体破壊手段を搭載しないミサイルは使われるだろう。B国の反政府グループHに軍から離反した戦闘経験豊富な戦略家がいた。その戦略家は高層ビル街を自然の地形に見立てて、防御を固める作戦を立てていた。例えば、市民が退避した無人の街中で、ビルに囲まれた、戦車も小型ドローンも入れないような、アーケード付の街路に軍をおびき寄せ、路の一端に臨時の障壁を作って…などなど。つまり、ビルを山の代りにし、アーケードを木々の代わりにする。すると、小型ドローンも入ることができないだろう。そのように市街戦では小型ドローン対策が必須である。反政府グループも小型ドローンを持っているが、当然、政権側も持っている。その戦略家は、そのような市街戦の作戦を、世界中の反政府グループにネットワークで提供していた。
その戦略家はA国のグループGの同僚Zともネットワークで協議していた。Zもかつて他国でそのような市街戦を経験していた。飛行機ともヘリコプターともつかない小型ドローンがトンボのように数機やってきた。だが、たまたま、電柱と電線がたくさん残された地域に居た。ドローンは張り巡らされた電線に接触して火花を散らしていたそうだ。電柱と電線は多くの国家、地域で撤去されていたが、そういう用途はあった。
ところで、海戦や海防では、ドローンだけでなく、無人潜水艦が必須である。ドローンを発進できる無人潜水艦もあった。だが、F国に隣接する大国は、計画的に「資源を巡る局地的侵略戦争」を追求していた。海の避難ルートも妨害しなかった。だから、私たちも難なく避難できた。
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